初めての妊娠
19週5日・死産
一番始めに私のお腹に入った子は 、19週と5日で私の体から堕される事になりました。
妊娠にはすぐに気づきました。悪阻というかお腹の違和感です。
妊娠がはっきりわかると、お腹に鈍痛がずっとありました。
そんな痛みを訴えても、「妊娠は病気じゃないんだから」の一言で終わらせられていました。
私も、初めての妊娠経験だったので「そうなんだ」と痛みを訴えなくなりました。
そんな中、膀胱炎?がひどく治療のため一週間の入院。
退院して完治したと思ってもやっぱりお腹が痛い。 三日ともたずにまた入院。
そんな感じで3度4度と入退院を繰り返していました。
退院してやっぱり二・三日して、 夜、家で寝ていると、腹部の激痛!
下痢だわと思ってトイレに駆け込みました。
全く用は足していないのに お腹の痛みはなくなったので寝直し、
10分後また激痛、トイレに飛び込む。 が、やっぱり嘘のように痛みが退く。
それが最悪な状態だとは初産の私には気付きもしませんでした。
二時間弱、10分おきにトイレに駆け込んだ。
おかしいなと気付きはじめたのは、
トイレから出て全く横になる時間もないままに激痛がきだしてからです。
入院ばかりしていたので全く妊婦学級で勉強もしていなかったが、
本は少し読んでいました。
もしかしてと思い、痛みの間隔の時間をはかる。 二・三分おきだ!
これは下痢じゃなくて陣痛だ!
と気付いた時は痛みで歩くこともできなくなっていました。
救急車でかかり付けの病院へ。
午前2時ごろ。 すぐに点滴されて看護婦さんが大丈夫ですよと...。 ???
先生の診察は??? なぜだかない!!
まあ、点滴で痛みはとれたが、股のあたりがおかしい???
夜が明け、9時間たった午前十一時ごろ、
先生の診察があるとのこと。車椅子で内診台まで運ばれた。
診察が終わって移動式のベット?
先生から説明があるのかと思っていたのだが、
看護婦さんが大丈夫だからねと 私の手を握る????????
気がついたら救急車のサイレンの音。
私は救急車に乗せられ総合病院に!!
何が起こっているのか解らない!
が、総合病院に着くと診察と同時に手術の処置がされていた。
びっくりしてパニックを起こしていた私に、 総合病院の先生が私を怒鳴りつけた。
落ち着きなさい!あんたは母親になるんだろう!
あんたが興奮すると赤ちゃんに酸素がいかない! 赤ちゃんが苦しむぞ!!
ふと、我に返ると怒鳴りつけている先生は 私の手を痛いくらいに握り締めていた。
この先生になら安心して任せられると 私は感じました。
それから手術室へ。 腰椎麻酔なので意識はある。いろいろ考えた。
が、今何がどうなっているのか全くわからない。当たり前だ。 何も説明を受けていない。
家族には説明されているのだろうが、
私は赤ちゃんを助けるために手術をするとしか聞いていない。
鼻水の音が聞こえてきた。看護婦さんが鼻をすすってる。 嫌な予感がした。
しばらくして先生が私の枕元に来た。
(頑張ったんだが残念です。間に合わなかった)と。
このとき行なわれた手術はシロッカー術といわれるものでした。
赤ちゃんが胎胞のまま子宮口から出ていたそうです。
その赤ちゃんを子宮の中に戻して 子宮口を縛る予定だったらしいのですが、
子宮収縮が激しいため、縛った後の小さな隙間から、
どうしても袋が飛び出してくるらしいのです。
子宮収縮がこんなにひどくなる前に、 もっと早く適切な処置が受けられていれば、
と前の病院で寝かされていた9時間が 悔やまれてなりませんでした。
手術後、落ち着いてお産に入ります。
そうです、私のお腹の中には 心臓の動きを止めた赤ちゃんがまだいたのです。
お腹に手をあてるとポコッと胎動が...。
そんなはずはなく、 多分、腸が動いただけなのでしょうが、
私には赤ちゃんが動いたのだと思いました。
今、こうやってお腹ごしに撫でてあげられるのに、
お産が終わっても産声を聞くことがないんだ、
抱くことができないんだと 思うと涙が止まりませんでした。
このときが一番辛かったと記憶にあります。
間違いなく赤ちゃんはお腹の中で死んでいるんだと 自覚したのは、私が発熱した時でした。
死体をお腹に入れてあるのですから、腐敗やらありますよね。
それでも、認めたくなく、お腹から出したくありませんでした。
死んだ子を分娩するのは大変です。
本人が産まれようと動いてくれないのですから。
手術の時に破水していたため、お腹に羊水は全くない状態でした。
19週の赤ちゃんは逆子であることが多く、この子も逆子でした。
羊水がないため回転もできません。
逆子のままの出産です。 一番に出たのはへその緒でした。珍しいのかな?
どうだか解らないけれど学生の看護婦さんが沢山、 実習に来ていた為、
先生が (サイタイ?脱出です。よく見ておくように) とか言っていました。
(実験台にされているみたいで嫌がる人も多いみたいですが、 私は全く抵抗ありません)
その次はもちろん足から。
羊水がないため、乾いた産道から 乾いた枯れ木を取り除くような感覚ですごく痛い。
助産婦さんが子宮を押さえ、先生が足を引っ張って出しました。
仕方のないことですが、このとき首が取れたのです。
先生は私が気付かないよう気を使ってくれていましたが、 わかります。
子宮の中で赤ちゃんの頭が転がっている感覚がよくわかりました。
転がる頭を助産婦さんがお腹の上から 懸命に固定させています。
先生の手が子宮に入る感覚がわかります。
自然分娩ですから麻酔も何も使われていませんでした。
すべてが終わった後、 赤ちゃんの身長と体重は頭と胴体、足し算されました。
体重は出血分プラス10グラムほどされたそうです。
もちろん遺体は家族にも見せられる状態ではありませんでした。
前の病院に対して訴えたいくらいの気持ちありました。
が、当時は今みたいに医療裁判も少なく、私も若く、早く忘れようと。
後日、 その病院から入院費の請求があった時は怒り爆発しましたね。
あの救急車に運ばれて寝かされていた9時間の入院費用。
二万円前後だったとは思いますが、忘れようとしている時に、
一番思い出したくない時間帯の請求。
幸せそうにお腹を抱える妊婦さんを横目に 小さくなったお腹を抱えて、支払いに行きました。
10年以上たった今でも、 あの時の気持ちを思い出すと涙が出てきます。
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一番始めに私のお腹に入った子は 、19週と5日で私の体から堕される事になりました。
妊娠にはすぐに気づきました。悪阻というかお腹の違和感です。
妊娠がはっきりわかると、お腹に鈍痛がずっとありました。
そんな痛みを訴えても、「妊娠は病気じゃないんだから」の一言で終わらせられていました。
私も、初めての妊娠経験だったので「そうなんだ」と痛みを訴えなくなりました。
そんな中、膀胱炎?がひどく治療のため一週間の入院。
退院して完治したと思ってもやっぱりお腹が痛い。 三日ともたずにまた入院。
そんな感じで3度4度と入退院を繰り返していました。
退院してやっぱり二・三日して、 夜、家で寝ていると、腹部の激痛!
下痢だわと思ってトイレに駆け込みました。
全く用は足していないのに お腹の痛みはなくなったので寝直し、
10分後また激痛、トイレに飛び込む。 が、やっぱり嘘のように痛みが退く。
それが最悪な状態だとは初産の私には気付きもしませんでした。
二時間弱、10分おきにトイレに駆け込んだ。
おかしいなと気付きはじめたのは、
トイレから出て全く横になる時間もないままに激痛がきだしてからです。
入院ばかりしていたので全く妊婦学級で勉強もしていなかったが、
本は少し読んでいました。
もしかしてと思い、痛みの間隔の時間をはかる。 二・三分おきだ!
これは下痢じゃなくて陣痛だ!
と気付いた時は痛みで歩くこともできなくなっていました。
救急車でかかり付けの病院へ。
午前2時ごろ。 すぐに点滴されて看護婦さんが大丈夫ですよと...。 ???
先生の診察は??? なぜだかない!!
まあ、点滴で痛みはとれたが、股のあたりがおかしい???
夜が明け、9時間たった午前十一時ごろ、
先生の診察があるとのこと。車椅子で内診台まで運ばれた。
診察が終わって移動式のベット?
先生から説明があるのかと思っていたのだが、
看護婦さんが大丈夫だからねと 私の手を握る????????
気がついたら救急車のサイレンの音。
私は救急車に乗せられ総合病院に!!
何が起こっているのか解らない!
が、総合病院に着くと診察と同時に手術の処置がされていた。
びっくりしてパニックを起こしていた私に、 総合病院の先生が私を怒鳴りつけた。
落ち着きなさい!あんたは母親になるんだろう!
あんたが興奮すると赤ちゃんに酸素がいかない! 赤ちゃんが苦しむぞ!!
ふと、我に返ると怒鳴りつけている先生は 私の手を痛いくらいに握り締めていた。
この先生になら安心して任せられると 私は感じました。
それから手術室へ。 腰椎麻酔なので意識はある。いろいろ考えた。
が、今何がどうなっているのか全くわからない。当たり前だ。 何も説明を受けていない。
家族には説明されているのだろうが、
私は赤ちゃんを助けるために手術をするとしか聞いていない。
鼻水の音が聞こえてきた。看護婦さんが鼻をすすってる。 嫌な予感がした。
しばらくして先生が私の枕元に来た。
(頑張ったんだが残念です。間に合わなかった)と。
このとき行なわれた手術はシロッカー術といわれるものでした。
赤ちゃんが胎胞のまま子宮口から出ていたそうです。
その赤ちゃんを子宮の中に戻して 子宮口を縛る予定だったらしいのですが、
子宮収縮が激しいため、縛った後の小さな隙間から、
どうしても袋が飛び出してくるらしいのです。
子宮収縮がこんなにひどくなる前に、 もっと早く適切な処置が受けられていれば、
と前の病院で寝かされていた9時間が 悔やまれてなりませんでした。
手術後、落ち着いてお産に入ります。
そうです、私のお腹の中には 心臓の動きを止めた赤ちゃんがまだいたのです。
お腹に手をあてるとポコッと胎動が...。
そんなはずはなく、 多分、腸が動いただけなのでしょうが、
私には赤ちゃんが動いたのだと思いました。
今、こうやってお腹ごしに撫でてあげられるのに、
お産が終わっても産声を聞くことがないんだ、
抱くことができないんだと 思うと涙が止まりませんでした。
このときが一番辛かったと記憶にあります。
間違いなく赤ちゃんはお腹の中で死んでいるんだと 自覚したのは、私が発熱した時でした。
死体をお腹に入れてあるのですから、腐敗やらありますよね。
それでも、認めたくなく、お腹から出したくありませんでした。
死んだ子を分娩するのは大変です。
本人が産まれようと動いてくれないのですから。
手術の時に破水していたため、お腹に羊水は全くない状態でした。
19週の赤ちゃんは逆子であることが多く、この子も逆子でした。
羊水がないため回転もできません。
逆子のままの出産です。 一番に出たのはへその緒でした。珍しいのかな?
どうだか解らないけれど学生の看護婦さんが沢山、 実習に来ていた為、
先生が (サイタイ?脱出です。よく見ておくように) とか言っていました。
(実験台にされているみたいで嫌がる人も多いみたいですが、 私は全く抵抗ありません)
その次はもちろん足から。
羊水がないため、乾いた産道から 乾いた枯れ木を取り除くような感覚ですごく痛い。
助産婦さんが子宮を押さえ、先生が足を引っ張って出しました。
仕方のないことですが、このとき首が取れたのです。
先生は私が気付かないよう気を使ってくれていましたが、 わかります。
子宮の中で赤ちゃんの頭が転がっている感覚がよくわかりました。
転がる頭を助産婦さんがお腹の上から 懸命に固定させています。
先生の手が子宮に入る感覚がわかります。
自然分娩ですから麻酔も何も使われていませんでした。
すべてが終わった後、 赤ちゃんの身長と体重は頭と胴体、足し算されました。
体重は出血分プラス10グラムほどされたそうです。
もちろん遺体は家族にも見せられる状態ではありませんでした。
前の病院に対して訴えたいくらいの気持ちありました。
が、当時は今みたいに医療裁判も少なく、私も若く、早く忘れようと。
後日、 その病院から入院費の請求があった時は怒り爆発しましたね。
あの救急車に運ばれて寝かされていた9時間の入院費用。
二万円前後だったとは思いますが、忘れようとしている時に、
一番思い出したくない時間帯の請求。
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